さきるかのSHIMANEザウルス闊歩道

そういえば最近、普通のブログって見ないよねえ! だれかに会ったとか何食べたとか。普通の日記風ブログいいかも〜。だれかの「くすり。」に #人生コメディ

人はいつ「大人」になるのか/ 地方の20代がなぜunsophisticated だと感じるかの答え

コニツワ〜

さきるかだすーん

 

noteに投稿しようか迷ったテーマ

すっごい真面目でエモいし、もしかしてこれを消してnoteに投稿し直すかも。

 

 

思い描いていた「大人」像

小さい頃思い描いていた24歳は

もっともっと大人だと思っていたけど

 

それは、「誰にも頼らなくても生きていけるのが大人」だと思っていたから

 

でも、実際には、

誰にも頼らず生きていくことなんて一生できないということがわかり、

たくさんの人に支えられ生きていける喜びと感謝が込み上げてくる。

 

その喜びと感謝で溢れている人生にこの上ない喜びを感じてる今、少し、「大人になったなあ」と感じる自分は、まだまだ青いのだろうか。まだまだ未熟だと笑われるんだろうなあ。

 

 

人生の責任を取る「幸せ」/本質的な幸せとは

 

私はファザコンで、マザコンだ、と思う。語弊があるかも。

私は、地上で一番、両親を尊敬して、心から愛している。これは天と地がひっくり返ったとしても、決して翻らない真実だ。

 

だが、

だがしかし、

 

父と母に反対されても、

自分の人生は、自分の「信じる心」に従って生きていきたい。

 

両親を、愛するからこそ、この世に私を残し、いずれ旅立つ両親を、悲しませないためにも、私は私の人生を100%使い切る必要がある。

 

例えば私が、大学1年の春、大学を休学したいと言ったとき

父の反対を押し切って休学したけれど

もしあのとき

父に従って休学を諦めていたら?

私は、死ぬ間際に、「あのとき休学していたら」と自分自身で選択していたであろうもうひとつの人生を思い後悔するかもしれない。

私の両親は、きっと、愛する私が死ぬ間際に、両親のために自分の人生に後悔することが、耐えがたい悲しみになると思う。

その大きな悲しみを思うと、私の日々の選択や決断、行動や言動に、大きな責任を感じるのだ。

 

常に考える

「本質とは何か」

 

それは、持続可能性とか、幸福とか、色々な尺度があるはずだけれど、

人生において、幸せとは

自分の「信じる心」にあって

自分の人生に責任を取ることだと考える、のです。

 

 

うつ病になる人は大概「素直なまじめさん」

やれと言われたら素直に従うことが美徳とされる不思議な国ニッポン。

 

その美徳は国民の「自分で考える力」を奪い、周りと同調するために「空気を読む力(?)」が蓄えられ(美しい空気に感動する力、自分の好きな空気を好きと言える力、そういう読解力はない)、誰かからの指示を待たなくては何もできない、形式を重んじる風潮を形づくっている。

 

そんな日本ではびこるブラック企業がなくならないのは、

ブラック企業で従順に働き続ける社員がいるからだ。従順な奴隷が(社畜と言われる由縁も納得)、自分の力で人生に責任を持って、将来を切り開いていく力がないから、ブラック企業は無くならないのだ。

 

たいてい、そんな社畜たちが職を離れるのは、自分の心を押さえつけ、抑えられ続けた結果、体か心が使い物にならなくなり、企業から捨てられるときである。

 

心が壊れてしまっては、

手遅れだ。

 

心を守らなくてはならない。本当に大事なことを、本質的に考えて選び取る能力を育てなくては、

日本は、本当に死んだ国になってしまう。

 

 

あまりにも若者に、精神を病んでいる人が多すぎる。

自分自身で自分を幸せにできるように、マインドが整えられていないから、誰かに、何かに依存する。

 

会社、上司、親、友達、彼氏、彼女......。

 

頼ってもいい、支えてもらってもいい。

でも、

依存はいけない。

 

自分の「信じる心」にあって

自分の人生に、責任を持つ喜びを知ろう。

 

 

グッバイ、メンヘラ。

 

 

「親の許可が必要」地方の学生に多い(この3年の統計)

 

古民家民宿をしたくて

友人を誘ってシェアハウスをしようとしてたんだけど

突然

それができなくなった、と言われ

その理由は

「母の許可が得られなかったから」

 

家庭環境が複雑?

私に言えない他の理由があったかもしれない?

という仮定は置いておくとしても

 

(??????)である。

 

 

誰の人生に生きているのか?

 

 

大学生向けの海外インターンを運営している会社の営業部門で働いたことがある。

そのときも

「親に反対されたのでやめます」という学生の多いこと多いこと。

つい数日前まで、目を輝かせて、海外インターンに希望を抱いていたあのしゅんかんはいずこへ。自分で決めたことにも関わらず、親に反対されるといとも簡単にやりたいことを諦めてしまう。

 

素直すぎるだろ。

 

誰の人生なんだ?

 

 

学生だから、親から仕送りもあるだろうし、親の意見を聞くことが大切なのもわかる。だが、子供は親の所有物ではない。

「やりたい」「なりたい」自分の気持ちを、誰かの一声で諦め続けるのは、

その後の人生で「本当は自分は何がしたいのか」選び取れなくなるリスクがある。その危険性に気づいていない学生が多すぎる。

 

 

やりたいことがあるなら

反対されても、論を持って説得する。

 

将来のビジョンや叶えたい夢を見せて、それが実現した未来に希望を見せる。ここまでしても反対されたら、こっちから願い下げだ。その親に従う必要はない。ブラック企業ならぬブラックペアレンツだ。親の所有物であり続けたいなら話は別だが。

 

親の許可待ち人生は

親が死んで初めて自分の好きなことができるようになる人生ってことかなあ

 

グッドラック!

 

 

おわりに

 

私は両親を心から愛し、尊敬している。

この両親を悲しませることだけはしたくない。

 

恩返しって、いつできるようになるんだろうと

考え苦しくなった時期もあった。

 

でも今は、

今を100%生きて

両親の自慢の娘になれたら幸せだなあと感じている。

 

私も両親もいずれ死ぬけれど、

信じる心と希望と愛は永遠に残ると信じてる。

その中で一番強いのは愛。

 

いつまでも愛される子供でいいのだ。

 

 

 

 

じゃあ今からレディーガガの映画見て仕事がんばりまーす!

 

 

 

 

Bon voyage!